法について

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この世界は四次元政府による法的統治が行われている。明文法は紙に書かれたフィクションつまり嘘でしかなく、四次元法(客観的正義)に沿う限りでしか効力を生じない。

 これは所与の前提である。明文法には正当性がない。「多数決による民主的手続きを経て制定された法は正当である」という民主制を根拠にしたところで、その手続き的な正当性が本当に正当であるという根拠はどこにもない。

 客観的正義は、社会というものの本質に則って構築された所与の前提である。社会というものが個々人の共生を目的とするものである以上、「誰も他者を害してはならない」という人権の観念は欠くべからざる要件となる。これが客観的正義である。これは多数決によっても覆されることはない。

 明文法は、外形主義および手続き的正義を念頭に置いており、「規定の手続きにおいて考慮されないけれども、証拠ないし合理的な推論によって事実と証明されている事情」を取り扱うことができない。したがってこの点で明文法は正当性を欠くのであり、その限りで効力を生じないということになる。平たく言えば、私の活動が仮に明文法に違反しているとしても、それが四次元法(客観的正義)に反しない限り、不正ではないということになる。

 この点について異議のある者は、「他者を侵害してはならない」というルールが認められなければどうなるのか、考えてみるがいい。それはもうルール無用の殺し合いであって、社会ではない。明文法を悪用して「三次元世界で認められる証拠がない」という形で被害を隠蔽することが許されるなら、それは弱者による告発の妨害や四次元世界の闘争を通じた人権侵害がいくらでもできることになり、実質的にルール無用の殺し合いが認められてしまうことになる。

 たとえば、「ばれなきゃいい」というなら、不都合な真実を握っている者を社会的に抹殺したり、集団ネグレクトを行ったり、不正な言論闘争や人格攻撃によって潰したり、口封じのために殺したりすることが「法的には不正ではない」ということになってしまう。「ばれなければ不正ではない」とはそういうことである。このような法は「公正に見せかけた悪法」であり、客観的正当性がないので、その効力を否定されることになる。つまり私の活動は罰せられない。

投稿者: 林洋佑

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